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高知地方裁判所 昭和56年(ワ)311号 判決 1985年12月23日

原告

有限会社竜串観光汽船

右代表者代表取締役

竹葉快助

右訴訟代理人弁護士

山原和生

被告

土佐清水市

右代表者市長

矢野川俊喜

右訴訟代理人弁護士

藤原周

右訴訟復代理人弁護士

藤原充子

主文

一  被告は、原告に対し金六〇万円及び内五〇万円に対する昭和五三年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告のために高知新聞及び「市政だよりとさしみず」に別紙(一)記載の謝罪広告を一・五倍活字(但し、見出しは三倍活字、原、被告の表示は二倍活字。)をもつて、各一回掲載せよ。

2  被告は原告に対し、金六〇〇万円及び内五〇〇万円に対する昭和五三年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地に本店を有し、竜串、見残し、弁天島間の観光客輸送等を業とする有限会社である。

被告は、地方公共団体であり、その企画課の編集により、「市政だよりとさしみず」と題する広報紙を発行しているものである。

2  被告による原告の名誉毀損行為

(一) 被告は、昭和五三年一〇月一五日、「市政だよりとさしみず」同和特集号(以下、「本件広報」という。)を発行し、これをそのころ土佐清水市全域の不特定多数の者に配布した。本件広報は、「同和対策事業の役割と正しい理解のために!竜串観光船問題より」の標題の下に、原告が部落差別をしているかのように報じており、その中に、別紙(二)の(1)ないし(6)の各記載(以下、「本件記事」といい、個々の記載を「(1)の記事」というように略記する。)がある。

(二) 本件記事は、次のとおり、無根の事実を摘示したものであり、そのため、原告の名誉が著しく毀損された。

(1) 本件文書の差別性

(1)の記事は、原告が土佐清水市付近で配布した昭和五三年五月二七日付けの「観光客への犠牲はぜつたい許されない―竜串観光船問題の正しい解決のために」と題する広告(以下、「本件文書」という。)を「差別的な見解」と断定している。

ところで、ある文書を差別文書(部落に対する差別的な見解を記載した文書。以下同様。)と断定するには、少なくとも、その文書が部落差別を肯定するか又は部落住民をべつ視したり、部落解放に反対していることを証明しなければならない。

ところが、本件文書は、竜串の観光船利用客の現実的推移から観光船について二者以上の経営体が共存できる基盤はなく、過当競争のすえ、結局は共倒れになる旨の指摘をしているにすぎず、何ら差別はしていない。すなわち、原告は、自らの経営すら観光客の減少のため、昭和五二年度以降赤字を余儀なくされていることから、当時計画されていた同和対策事業としての竜串自営観光船事業を開始することの相当性に疑問を提起し、右自営観光船事業の開始は、原告の経営を不可能ならしめるとともに、同和対策事業としても、所期の目的を到達できない可能性があるとの見解を表明したが、これは、原告がその経営に最も影響を与え得る競業者の出現に関心を抱き、地域住民にこの問題についての意見を表明し、理解を求めたものである。

部落差別の解消、部落問題の真の解決に至る方法には種々の見解がある以上、同和対策事業として具体的に何を行うかについても種々の意見があつて当然で、その意見を表明することも自由である以上、本件文書をもつて差別文書ということはできない。

(2) 原告の背信行為

(2)の記事は、原告が訴外三崎漁業協同組合(以下、「三崎漁協」という。)及び竜串部落との間で昭和四一年に交わした協定(以下、「四一年協定」という。)に違反し、漁業協力金の支払額を少なくするため、団体客数を横流ししたと断定している。

しかしながら、原告は、そのような背信行為をしていない。

(3) 原告の本件覚書への不同意

(3)の記事は、原告が三崎漁協及び竜串部落との間で昭和五二年に交わした協定(以下、「五二年協定」という。)付属の覚書(以下、「本件覚書」という。)の確認と具体化に同意せず、これをほごにしたとしている。

なるほど、原告は、右の確認と具体化に同意しなかつたが、本件覚書締結に至る過程で既に、原告と競合する航路は同和対策事業の観光船であつても了承できないことを言明しており、このことは同覚書締結当事者間では了解されていた事項である。

従つて、右了解事項に反する確認と具体化に対して原告が同意しなかつたことをもつて、本件覚書をほごにしたということはできない。

(4) シコロサンゴの破損

(4)の記事は、原告が本件文書中でシコロサンゴの破損について言及したことをとらえ、自らの過ちを他人に転嫁しようとする恐ろしい意図又はこのうえもない悪質で作為的な企業態度である旨非難している。

なるほど、原告がその不注意からシコロサンゴの一部を破損したことは事実であるが、他にサンゴを破損した者もいたので、原告は、他人の破損についてまで責任を追及される事態を避けるために、それを指摘したもので、その際にも、その者を証拠に基づいて特定できず、安易に特定すれば名誉毀損となること等から、「何者かが」と慎重に表現し、その後は「故意に傷つけたものとも思われます。」と推測を述べ、更に当該破損が故意か過失かも特定していない。

ところが、(4)の記事は、右部分について「故意に傷つけたものと思われます。」と故意に引用を相異させ、前述のとおり原告を非難しているから、原告に対するいわれのない誹謗中傷というべきである。

(5) 原告の経営姿勢

(5)の記事は、原告があたかも、自己の経営上の利益のみを追求して他をかえりみないかのように表現し、それを大きな誤りであるとして、原告の経営姿勢を批判している。

しかしながら、原告は、これまで地元や漁民との協調に努めてきたものであつて、右事実は、仮定的表現であつても全く根拠がない。

(6) 原告の同和対策事業に対する見解

(6)の記事は、原告が本件文書で同和対策事業として観光船事業を行うことの相当性に疑問があるとした見解を独善的であり、誤りであるときめつけている。

しかしながら、原告が同和対策事業としてどのような事業が行われるかに関心を持ち、場合によつてこれに異論を唱えることも、民主主義社会では自由であり、これを独善的などときめつけることは、批判、反対意見表明の自由を封殺するものであつて、とうてい許されない。

(三) このように、本件記事はいずれも真実ではなく、被告において本件広報発行前に原告から本件文書発行の真意、記載された文言に対する意見及び記載された事実の真偽も聞こうとしなかつたことに徴すれば、被告がその摘示した事実を真実であると信ずるについて相当の理由も認められない。

3  被告の責任

被告は、その公権力の行使たる「市政だよりとさしみず」の発行に当る公務員(発行責任者である市長及び編集担当の企画課職員ら)が、その職務を行うについて、綿密な事実調査もせず、しかも、一方当事者のみから意見を徴し、原告の意見、弁解を聞く機会を事前に持たず、誤つた事実認定に基づき原告を誹謗、中傷する独自の見解を一方的に掲載、配布した結果、右の2のとおり、原告の名誉を著しく毀損し、その社会的信用を大きく失墜させたのであるから、国家賠償法一条一項に基づき、後記損害を賠償する責任がある。

仮に、本件広報の編集、発行及び配布が被告の公権力の行使に該当しないとしても、被告は民法七一五条一項、七〇九条に基づき同損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 謝罪広告

被告の本件広報の発行、配布は、土佐清水市民間等における原告の企業としての社会的評価、信用を失墜させたものであるが、原告の名誉を回復するためには、被告に高知新聞及び「市政だよりとさしみず」に謝罪広告を掲載させるのが相当である。

謝罪広告の内容、規模等は、被害者の社会的地位、名誉毀損の方法、程度等一切の事情を斟酌して決めるべきところ、右原告の名誉、信用を回復させるためには、請求の趣旨1記載の謝罪広告が相当である。

(二) 非財産的請求

原告は、被告の前記不法行為により、社会的評価としての名誉を毀損され、その企業としての人格的利益を侵害された。

右侵害を金銭で償うとすれば、五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告は、被告に対し、右(一)及び(二)の各請求権を有するところ、被告が右請求に応じないため、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬を高知弁護士会報酬規程により支払う旨約したが、その額は一〇〇万円が相当であつて、これも被告の前記不法行為と相当因果関係のある損害にあたる。

5  よつて、原告は被告に対し、いずれも不法行為に基づき、名誉回復のため請求の趣旨1記載のとおりの謝罪広告の掲載並びに右4(二)、(三)の損害金合計六〇〇万円及びそのうち弁護士費用を除いた五〇〇万円に対する不法行為の後である昭和五三年一〇月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2について

(一) 同(一)の事実は認める。

(二) 同(二)について

(1) 同(1)のうち、原告がその主張のとおり本件文書を配布したことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(3) 同(3)のうち、原告が本件覚書の確認と具体化に同意しなかつたことは認め、その余の事実は否認する。

(4) 同(4)のうち、原告がシコロサンゴの一部を破損したことは認め、その余の事実は否認する。

(5) 同(5)及び(6)の各事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は否認する。

3  請求原因3の事実は否認する。

4  請求原因4について

(一) 同(一)の事実は否認する。なお、本件広報の配布によつても原告の乗客の増減には影響がなかつたのであるから、被告が謝罪広告をする必要性はない。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)のうち、原告が本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したことは認め、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件広報発行に至る経緯

(一) 原告は、本件文書を土佐清水市付近の不特定多数の者に配布した。

(二) 本件文書は、読者に観光船問題について公正な判断、理解を求めるというものであるが、そうなら読者に対し、原告の有利、不利を問わず判断の基礎となるすべての事実を示したうえ、自己の主張を掲載すべきである。

ところが、原告は、自己に不利な事実を隠ぺいし、読者に観光船問題につき誤つた理解を持たせようとし、そのうえ同和対策事業としての観光船事業を否定して部落差別をしている。すなわち、本件文書は、読者の同和地区たる竜串部落住民に対する予断と偏見を利用し、更に、これを拡大させる内容を有する差別文書である。

(三) そこで、被告は、地方自治体として部落差別を解消すべき責務があることから、住民に対し、同和教育を行い、本件文書が事実に反した差別文書であることを知らせ、同和対策事業としての観光船事業につき理解と協力を求める目的で、本件広報を発行した。

2  本件文書の差別性

(一) ある文書が差別文書に該当するかどうかは、言語、文章のみならず、具体的行為、行為の動機事情等から判断しなければならず、その判断の基準は、差別者の立場ではなく、被差別者の立場に立つたものでなければならない。

(二) これを本件についてみるのに、竜串部落が同和地区であることは、土佐清水市において公知の事実であるから、竜串部落の住民の立場に立ち、具体的動機等、行為、当時の事情等から基本的人権を侵害するものと判断されるときは、差別行為として非難されなければならないところ、本件文書は、次のとおり、部落差別を行つているものと判断され、非難を免れない。

(1) 本件文書中には、「一零細民間会社の営業権を横取りさせ」との記載があるが、これは、竜串部落住民が被告に対し無理に同和対策事業としての観光船運航を強要し、被告が右住民の圧力により、原告の営業権を横取りするかのような印象を与えている。

しかしながら、同和対策事業としての観光船事業の実施は、土佐清水市同和対策審議会の答申にもあり、被告は、これを受けて実現に努力しているものであつて、竜串部落住民から強要されて実施しようとしているものではない。また、原告の営業権は、国から与えられており、地方自治体である被告が取り消したりできるものではない。

原告は、これらを十分承知しながら、右記載によつて、あたかも原告の営業権が横取りされるような誤解を与え、読者の予断と偏見を利用しようとしている。

(2) 本件文書中には、「足摺海中公園の著しいイメージダウンにつながること明白な問題」との記載があるが、これは、竜串部落住民が自営観光船事業をすれば、海中公園の著しいイメージダウンとなると単純に判断させようとしている。

しかしながら、これは竜串部落住民に対する予断と偏見を利用し、助長するものである。

(3) 本件文書中には「何者かが破損部を大きく見せるために、故意に傷つけたものとも思われます。」との記載がある。原告代表者は、海中資源保存会(以下、「保存会」という。)の巡視船が見残し湾内のサンゴ礁を破損したことを本件文書発行当時知つていたにもかかわらず、「何者か」と暗示したが、読者は、竜串部落住民が原告を陥れるために破損したと判断してしまう。

本件文書の右記載は、竜串部落住民に対する予断と偏見を利用し、読者をして、同部落の住民ならこうした行為もやりかねないと思わせ、予断と偏見を拡大させ、逆に原告の主張を肯定させようとするもので、最も悪質な差別である。

(三) このように、本件文書は、被告が差別を解消する目的で前記答申に基づき実施しようとする観光船事業を誹謗し、妨害、遅延させる目的で発行された差別文書で、発行自体が部落差別行為である。

3  本件広報について

原告が事実に反すると主張する本件記事は、次のとおり、正当である。

(一) 本件文書の差別性

前記2で述べたように、本件文書の差別性は明らかである。そして、本件文書は、同和対策としての自営観光船事業の正しい意義、目的を覆す誤解を与え、ひいては同和対策事業に対するねたみ意識を助長する不当な文書である。

そこで、被告は、(1)の記事を掲載した。

(二) 原告の背信行為

昭和五一年五月九日、竜串部落住民から、原告に重大な協定違反行為がある旨被告に報告があつたため、同月一〇日、原告、竜串部落住民、三崎漁協、観光協会及び市観光商工課の職員が集まり、調査が行われた。この席上、竜串部落はサンゴ博物館発行の送客票を提示し、これが四一年協定に違反するので同協定は破棄し、観光船の運航は停止するよう申し入れた。これに対し、原告は、右の違反を認めて陳謝し、更に、送客票の発行枚数を調査し、再度協議をすることで散会した。

同月一七日、再度協議が行われ、原告から同月一〇日に指摘された違反切符は三〇人の団体三〇組ぐらいである旨報告され、竜串部落もこの報告を了承し、今後このような事件を再発させないために協定を改訂することで合意し、双方で協定案を持ち寄り協議することになつた。

このように原告の協定違反行為が地元民の不信感を生み、それが原因で協定改訂交渉が一年一〇か月にわたり難航した。被告が右事実を表現したのが(2)の記事である。

(三) 原告の本件覚書への不同意

五二年協定第八項によれば、観光船運航について不合理の点があれば、毎年二月に協議し、改訂することになつていることから、昭和五三年二月二一日土佐清水市役所三崎支所において、原告、竜串部落、三崎漁協及び被告が協議検討した。この場で竜串部落から本件覚書の確認と具体化の要求がなされたが、原告はこれを拒否した。そこで、竜串部落から本件覚書に同意できないなら協定は破棄するとの通告がなされたが、被告の仲介のもと、引き続き協議を継続することで散会した。

その後、被告は原告に対し、竜串部落及び三崎漁協との協議の場へ出席するよう再三にわたり要請したが、原告は、法人格の存在しない任意団体である部落とは交渉しない、また、自営観光船の具体化に同意することが前提であれば、話合いできないとしてこれを拒絶した。このような経過の中で、三崎漁協及び竜串部落は、五二年協定議事録で確認されている事業年度終了日をもつて同協定は失効したと被告に通告した。なお、原告の主張するような、競合する観光船事業には同意できないとの了解事項はない。

被告は、原告の前記態度を前提に、不信が増大した事実を(3)の記事のとおり表現したもので、原告を非難、誹謗したものではない。

(四) シコロサンゴの破損

原告は、自社の観光船が昭和五三年五月二日正午ころ、見残湾のシコロサンゴの一部を船底の接触により破損しながら、この事故を直ちに公園管理事務所等の関係機関に報告せず、保存会の巡視船によつて同月四日発見されるまで放置していた。

ところが、原告は、保存会から右事故の責任を指摘されるや、本件文書で自社観光船の不注意によりシコロサンゴの一部を破損したことを自認しながら、「何者かが破損部分を大きく見せるため故意に傷つけたものと思われます。」として、自分の過ちを何者かに転嫁しようとしている。原告は、保存会の巡視船がシコロサンゴ破損部を調査中、原告の観光船の航跡波によつて船底が接触し、シコロサンゴの一部を破損したことを本件文書作成当時知つていながら、「何者かが故意に」と表現し、行為的にもつと悪いことをする者は他にいる旨暗示している。なお、右「何者かが……」の部分は、本件文書配布後、土佐清水海上保安署から捜査の必要があると指摘されたことから、同署において原告が取り消している。

(4)の記事は、このような事実や原告の企業態度などについて、被告としての見解を述べたものである。

(五) 原告の経営姿勢

原告は、竜串地区の古くからの被差別の実態、竜串漁港が同和対策事業として改修されてきたこと及び原告の営業基盤である海中公園が共同漁業権の自主規制等地域住民の理解と協力によつて成立したことなどの社会的背景を認識すべきである。

ところが、原告は、このような社会的背景を知りながら、法人格のない部落とは交渉しないなどと主張し続け、事態を憂慮した市議会経済委員会の提示案についても、自営観光船実現への道を開くことになり、国から免許を受けている航路に制限を加えることになるとしてこれを拒否し、更に、市の管理する漁港岸壁及び地元漁民が行使している共同漁業権の海域における妨害排除の仮処分の申請をするなど、地域住民、漁民との協調関係を確立しようとする関係者の話に応じようとしない。

(5)の記事は、こうした原告の企業態度を指摘したものである。

(六) 原告の同和対策事業に対する見解

原告は、同和対策事業の最大の受益者でありながら、自営観光船事業の意義、目的を理解しようとせず、本件文書において「自営観光船問題は、第二の海花丸事件」として、かつての紛争を想起させ、「足摺海中公園の著しいイメージダウンにつながる」とか「市民、県民の多額の税金をつぎ込むことが、いつたい本当の同和対策事業でしようか。」など同和対策事業を非難、中傷している。のみならず、シコロサンゴ破損事故につき、「何者かが破損部を大きく見せるために故意に傷つけたものと思われます。」と市民的関心を同和対策事業やシコロサンゴ破損事故に向けさせ、自己の立場を正当化し、有利に導こうとしている。

(6)の記事は、同和対策事業と観光開発のかかわりの中で原告が果すべき役割について被告の見解を述べたものであり、合わせて、原告の前記独善的、差別的で非民主的な企業態度を指摘したものである。

4  同和問題に対する被告の基本的姿勢

(一) 数世紀にわたる基本的人権侵害の結果、社会的経済的弱者及び社会的意識としての差別観念が形成、固定された。戦後、基本的人権尊重を理念とする日本国憲法の公布後も右差別観念は払拭されず現在に至つている。これが同和問題である。

同和問題は、日本国憲法で保障された基本的人権にかかわる課題であり、この解決は行政の責務であるとともに、国民的課題でもある。

内閣総理大臣は、わが国にいまだ基本的人権の保障されない階層が存在することを認識し、同和対策審議会を設置し、昭和四〇年八月一一日同審議会から答申を受けた。同答申は、同和問題の早急な解決こそが国の責務であると指摘し、有効適切な施策を実施して問題を抜本的に解決し、恥ずべき社会悪を払拭して、あるべからざる差別の長い歴史を一日も早く終結させるよう万全の措置がとられることを要望し、期待するとしている。そして、同和問題解決の中心的課題は、同和地区住民に就職と教育の機会均等を完全に保障し、生活の安定と地位の向上を図ることであると指摘している。更に、同和対策の具体案として、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業、職業の安定、教育文化の向上及び基本的人権の擁護等を内容とする総合対策を提案している。

(二) 被告は、地方公共団体として憲法の理念を行政に実現し、同和問題を解消する責務を負う。それゆえ、被告は、同和対策審議会の答申を尊重し、同和対策事業特別措置法(昭和四四年法律第六〇号、以下、「同対法」という。)の精神に基づき、同和対策事業長期計画を策定し、同和地区住民の社会的、経済的地位向上を不当にはばむ諸要因を解消することを目標とし、市政の重要課題として積極的に取り組んでいる。

被告は、昭和四四年一二月一〇日土佐清水市同和対策審議会に対し、「同和地区に関する社会的、経済的及び文化的諸問題を解決するための基本方策」を諮問し、同審議会は昭和四六年三月二日答申をした。答申によると、対象地区は竜串地区、松崎地区、浜垣地区及び東谷地区で、対象地区の総合的生活水準の格差を速やかに是正すること、対象地区の生産性を高めること、同和教育を総合的に推進すること及び過去における差別の実態を除く基本的課題の解決対策を指摘した。更に、答申は、社会的経済的差別の事実として部落差別の事実があると認識し、次の九点を指摘した。

(1) 同和教育についての各学校の取組みは不十分で社会教育はいつそう深刻である。

(2) 竜串地区は、農業形態が小規模で殆んど小作地であり、地主が土地を売却し、経営規模が縮小し、経営の不安と経済問題に直面している。漁業は漁港がなく、生産性が著しく低下している。地先には海中公園区域を有し、被告の観光開発の焦点にありながら、観光による所得はきわめて少なく、経済問題に直面している。

(3) 竜串地区の未来像として、農業では営農基盤の確立のため基幹作目の選定、用地の造成を必要とし、漁業では漁港整備を急ぎ、自然美に富む観光資源を有するので共同店舗、観光センター、観光船を設置、建造し、地域住民の観光事業経営者の地位の確立、観光による所得の増強をはかり、経済の安定を図る必要性と環境整備の充実と社会福祉の向上を図る必要性。

(4) 同和行政の認識として市の積極策の必要

(5) 同和行政組織

(6) 同和対策長期計画の内容の策定

(7) 国、県の同和対策長期計画とその行政施策充実の要望

(8) 土佐清水市の同和対策長期計画の項目

(9) 同和行政の使命と方向

(三) 被告は、右答申に基づき、同和問題の解決に努め、同対法六条三号によつて竜串漁港整備を予算化し、同港を改善したほか、同法六条五号、六号等により観光船運航も予定していた。

また、被告は、昭和三九年の原告と訴外溝淵清三郎(以下、「溝淵」という。)との間の観光船運航をめぐる紛争(海花丸事件)を契機に、竜串部落及び三崎漁協と交渉を持つようになり、以後、右二者と原告との間の協定、協議のほとんどに参加し、円満な解決を図ろうとしてきた。

(四) ところが、前述のように、原告は独善的、差別的、非民主的な企業態度に立脚し、自己の立場を正当化しようとして、同和地区住民の市民的権利と自由を侵害し、多数の市民に同和対策事業に対する誤解を招き、同和問題の正しい理解を妨害する本件文書を市内に配布したので、被告は、前記1(三)の理由により本件広報を発行した。

5  よつて、被告が本件広報を発行したことには何ら違法性がない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)及び同2(一)(被告による本件広報の配布及び本件記事の存在)の各事実は、当事者間に争いがない。

二被告の責任の有無

1  名誉毀損の有無

前記争いのない事実及び<証拠>によれば、本件記事は、原告が、被告において同和対策事業として行う観光船事業に理解を示さず、利益追求の企業的立場からこれに反対し、あまつさえ、自己の責任を他人に転嫁し、部落差別を行つているとの印象を読者に与えるものであることが認められるが、このことと前記のとおり本件広報が同和特集号として土佐清水市全域に配布されたことに徴すれば、本件記事が原告の社会的評価を低下させることは明らかであるから、原告は、本件広報によつて、企業としての名誉、信用を毀損されたといえる。

2  本件各記事の真偽

(一)  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らし措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 竜串地区(当麻地区)は、土佐清水市の南西部に位置し、三崎川に沿い、竜串、見残しの観光地に隣接する総面積三四・五ヘクタールの同和地区で、住民の多くが農業及び漁業に従事しているが、農業形態は小規模で、しかもその殆んどが小作地に依存しており、漁業に対する依存度の方が高い。漁業は竜串漁港を根拠地としており、三崎漁協に所属している。

原告は、原告代表者が昭和三一年一二月八日から個人で営業していた観光客輸送業を昭和三九年六月一日に会社組織にしたもので、同年七月一七日、運輸大臣から海上運送法二一条一項による竜串、見残し、弁天島間の周遊旅客不定期航路事業の許可を得、今日に至つている。

(2) 原告が設立されてから間もなくのころ、溝淵が、「海花丸」と称する船舶を利用し原告と競合して小規模の不定期航路事業を行うに及んだことから、両者の間に客の奪い合い等の過当競争(海花丸事件)を生じ、いきおい両者観光船の運航回数も増加したため、操業の支障になるとする三崎漁協所属の漁民との間にも紛争が起こり昭和四〇年四月ころには漁民が観光船の航行を阻止するようになつた。そこで、事態を憂慮した当時の土佐清水市長、土佐清水観光協会会長が仲介し、折衝が進められた結果、原告が溝淵の事業を吸収して一体化したうえ、昭和四一年一月一八日、右市長らの立会のもと、原告、三崎漁協、竜串部落との間で四一年協定(乙第三号証)が成立したが、その要旨は、(イ)竜串部落及び三崎漁協は原告の観光船の航行を認め、原告は竜串部落に乗船切符の販売を委託する、(ロ)原告は、竜串部落に対する切符販売手数料及び三崎漁協に対する漁業補償の意味を有する漁業協力金の名目で、両者に対し合わせて乗客一人につき運賃の一五パーセントに相当する金員を支払う、(ハ)右支払額算定の基礎となる運賃は、一般乗客のみでなく団体乗客に係るものをも含むが、周遊券その他これに類する各種旅行クーポンを利用した乗客に係るものは除外され、なお、団体乗客についてはすべて竜串観光センターが取り扱い人数を確認する、(ニ)地域の発展のため地元において原告の航路権と競合しない観光船事業が計画された場合には、原告はこれを尊重し協力する、というものであつた。そして、四一年協定は長らく維持され、原告は、年間約六〇〇万円の漁業協力金を支払つていた。

(3) ところで、原告は、サンゴ博物館を訪れた団体客が観光船に乗船することを希望した場合、同館で送客票を発行してもらい、これに基づいてその団体客を周遊券等なしに乗船させ、後日、旅行代理店から右送客票に見合うクーポンの送付を受けて運賃を収受し、これを漁業協力金算定の基礎としない取扱をしていたが、昭和五一年五月、竜串部落及び三崎漁協から、右取扱は四一年協定(前記(ハ)の約定)に違反するとして問題とされた。そのため、同月一〇日に原告と竜串部落及び三崎漁協との間で会合が持たれ、原告は、送客票の取扱は四一年協定において切符販売委託の対象外とされている周遊券その他これに類する各種旅行クーポンに該当するから、これにつき漁業協力金を支払う必要はないと主張し、竜串部落及び三崎漁協は、乗船券の横流しであると反論して、意見が対立したが、結局、竜串部落及び三崎漁協において原告の弁解を了承し、原告の方でも、その場を円満に収めるため、一組三〇人の団体三〇組分についての漁業協力金に見合う約二万円を一時金として竜串部落及び三崎漁協に支払うことでこの問題は結着した。

しかし、この問題を契機に、四一年協定を見直す機運を生じ、右三者が協議した結果、昭和五二年二月二四日に五二年協定(乙第四号証の一)が締結された。その骨子は、四一年協定を基本にしつつ、観光船乗船切符の販売は原告において行うが、原告は、その販売従事者として竜串部落出身者を優先的に雇用することとし、かつ、年額六五〇万円(定額)を漁業協力金として竜串部落及び三崎漁協に支払う、というものであり、更に、協定に付随するものとして、右三者の間に「竜串、見残海域において計画検討されている同和対策事業の観光船事業については、三崎漁業協同組合、竜串部落、有限会社竜串観光汽船は共に協議し、これが実現できるように協力的に検討する。」との覚書(本件覚書、乙第四号証の二。)が交わされた。なお、右協定締結等については被告側からも市長矢野川俊喜、経済建設担当参事倉松敬一、観光商工課長岡野旭及び同和対策課長窪内久らが立会い、右協定書等には市長も記名捺印している。

(4) 被告は、昭和四六年以降、竜串部落の産業基盤である竜串漁港について、同対法六条三号所定の同和対策事業を施行し、これによつて同港の整備及びモデル船の建造を行つたが、この他に、土佐清水市同和対策審議会本答申でも竜串地区の未来像として記述されていた竜串自営観光船事業計画が昭和五〇年代にはいり実現に向けて本格化し、被告の昭和五〇年度から五二年度にかけての同和対策事業実施計画において、昭和五一年度に観光施設整備事業としての海中観光船(四〇人乗り五トンのグラスボート)建造事業の事業費が計上され、同年六月二三日の土佐清水市議会定例会でも被告の執行部は、同事業の実現に向けて努力する旨の答弁を行つている。これに対して原告は、同年九月一日付けで「観光船問題に関する質問書」と題する書面(甲第八号証)を土佐清水市長宛に提出し、観光船の競合につき被告の姿勢を糾している。その後、昭和五三年二月七日、竜串部落臨時総会で長嶋、見残し間を航路とする観光船の経営が正式に決定されたので、同月二一日の五二年協定改訂交渉の場で竜串部落が原告に対し、本件覚書を確認し、具体化するよう申し入れたが、原告は、右観光船の航路が原告と競合することを理由にこれを拒否したため、右改訂交渉も物別れに終り、同協定が失効した昭和五三年三月一〇日以降、原告と竜串部落及び三崎漁協との間には協定はなくなつた(原告が本件覚書の確認、具体化を拒否したことは、当事者間に争いがない。)。そこで、事態を憂慮した被告及び土佐清水市議会経済委員会は、この問題を収拾するための調停案を提示し、竜串部落及び三崎漁協はこれを受諾したものの、原告は、右調停案が国から航路許可を受けている事項に制限を加え、実質的に竜串部落の自営観光船事業に道を開く内容であるとしてこれを受諾しなかった。他方、三崎漁協所属の漁民は、原告との協定がなくなつた以上、自由に漁業権を行使するとして、同年四月以降原告の観光船の発着場付近の海域に漁船を繋留し、原告は、これによつて、同月一日から同年五月六日までの間、観光船の全部又は一部を発着させることができなかつたが、同月三日以降被告が竜串漁港を管理したので、問題は一旦収拾した。

その後、原告は、同年七月七日に三崎漁協を相手方として観光船発着の岸壁、竜串漁港内の一部及び航路部分について妨害禁止等を求める仮処分申請を高知地方裁判所中村支部に行い(同庁同年(ヨ)第一二号不動産仮処分事件)、同月一四日に右申請を認める決定がなされた。

(5) 右紛争中の同年五月二日、原告の観光船(第七かもめ丸)が運航中操船を誤り、海中公園内のシコロサンゴを破損した(原告の観光船がシコロサンゴを破損したことは、当事者間に争いがない。)が、原告は右事実を被告等の関係機関に知らせなかつた。しかし、これは同年四日に保存会の巡視船によつて発見され、同月五日には海中公園管理事務所長が原告代表者を呼んで事情聴取を行い、原告代表者も右破損の事実を認めた。

ところが、保存会の巡視船は、同月六日シコロサンゴの破損状況を確認した際、自らも操船を誤つてシコロサンゴを破損した。そして、同月八日に現場を確認した原告代表者は、この二度目の破損部分を発見したため、翌九日、被告、公園管理事務所及び海上保安署などに対し調査を依頼したが、その際、サンゴの破損部分に巡視船の塗料と同じコバルト色のペンキが付着していることを指摘した。

なお、右巡視船には、当時土佐清水市の観光商工課課長補佐であつた訴外吉田圭郎等が乗船していたが、同人は、巡視船によるシコロサンゴ破損の事実を上司に報告しなかつた。しかし、原告は、同月一七日ころ、観光協会の事務局長から、シコロサンゴを破損したのは保存会の巡視船であり、これに市職員等が乗つていたことを知らされていた。

(6) こうして観光船問題が紛糾し、竜串部落から昭和五三年四月二八日付けで「観光船運航に係わる背景と竜串地域の現状」と題する文書(甲第一六号証)が配布されたので、原告は、これに反論し、自己の見解を表明すべく、本件文書(乙第五号証)を約一〇〇〇枚印刷し、うち約九〇〇枚を高知新聞の折込広告として、市内下川口、三崎、清水の各地区に配布した(原告が本件文書を配布したことは、当事者間に争いがない。)。本件文書は、同年四月以降の一連の紛争の根本が、漁業補償をめぐる問題にあるのではなく、原告が同和対策として実施されようとしている竜串自営観光船事業に同意しなかつたことにあること、右自営観光船事業が実現すれば原告との間に競合を生じ、第二の「海花丸事件」を招来し、両者の過当競争で共倒れを招くとともに足摺海中公園のイメージダウンとなることは明らかであるから、原告は、右自営観光船事業を同和対策事業として行うことに疑問を抱いていること、三崎漁協が同年四月以降漁民に観光船の発着場付近に漁船を繋留させたことは不当な妨害行為であること並びに何者かが、原告の誤つて破損したシコロサンゴの破損部を大きく見せるために、シコロサンゴを故意に破損したとも思われる事実があること等を骨子とし、関係各位に公正な判断を要望するという内容であつた。

(7) これに対し、被告では、本件文書の内容に問題があるとして、土佐清水市役所の全課長で組織されている同和行政推進協議会(その代表は、当時市助役であつた訴外田岐久である。)が観光商工課長、水産課長補佐、社会教育課長及び同和対策課長が収集した当時の文書、記録並びに竜串部落及び三崎漁協からの事情聴取等に基づき事実関係を調査し(但し、原告に対しては、右調査で十分であるとして、原告代表者等からの直接の事情聴取はしていない。)、協議の結果、本件文書は差別文書であると断定した。これを受けて昭和五三年一〇月三日の同年九月土佐清水市議会定例会では訴外山本恵孝教育長及び矢野川俊喜市長が「昭和五三年五月二七日に竜串観光汽船の代表者が配布した広告文書につきましては、部落問題と同和対策事業の推進などに直接のかかわり合いがありますので、庁内では関係者で慎重に検討をいたしました結果、見解として、この意見広告は企業の独占的なエゴイズムの表われであると同時に、同和対策事業に対する一般的ねたみ差別意識を利用しようとする差別文書であると認めざるを得ないと思います。(中略)行政といたしましては、市民対象の広報を発行いたしまして、同和対策事業に対する認識と理解を深めることにいたしたいと思います。」と答弁して被告の見解を表明した。その後、本件広報の草案が協議会によつて作成され、市広報担当の企画課では、右草案にもとづき、本件広報を作成して一般に配布した。

(二)  被告は、本件文書が、被告において部落差別を解消する目的で土佐清水市同和対策審議会答申に基づき実施しようとする観光船事業を誹謗等するとともに、独善的な企業態度に立脚し、自己の立場を正当化しようとして、同和地区住民の市民的権利と自由を侵害し、多数の市民に同和対策事業、同和問題に対する正しい理解を妨げる差別文書であるから、被告がこれに対する反論として本件広報を発行したことには何ら違法はない旨主張する。

同和問題は、すべての国民に対し、基本的人権の享有を保障する憲法の理念にかかる重要な問題であり、本件広報発行当時、同対法八条、六条八号により地方公共団体が対象地域の住民に対する人権擁護活動の強化を図るため人権思想の普及高揚をすべき立場に置かれていたことに徴すれば、地方公共団体が同和問題につき人権思想の普及高揚を図るために広報を編集発行し、市民に同和問題を正しく理解させようとすることも許容され、この場合、広報に掲載する見解の根拠となる事実が真実であり、かつその表現上も問題がないときには、特定の事例で特定の者の言動を批判的に論評した場合であつても、その者に対する名誉毀損とはならないと考えられる。

もつとも、めざす目標は共通であつても、そこに至る具体的方策につき考え方が分化しうる現代にあつては、地方公共団体の方針又は具体的施策に批判見解を有する者がこれを批判し、又は見解を文書にして広く住民に訴えることも表現の自由に属し、そのことから直ちに不利益を受けるいわれはなく、このことは同和問題についても例外ではないというべきであるから(成立に争いのない乙第一号証によれば、同和問題の解決の方法につき種々の考え方が存在することがうかがわれる。)、地方公共団体の行う同和対策を批判したからといつてその文書を差別文書と速断することは正当ではなく、とりわけ、これに対する地方公共団体の反論を広報として配布する場合には、広報に名を借りた個人攻撃とならないよう、前提事実の認定及び差別性の判断は慎重になされるべきである。

(三)  そこで、本件各記事が真実であるかどうかについて検討を行う。

(1)  (1)の記事について

前記甲第一号証によれば、(1)の記事は、原告が、本件文書において、被告が同和対策事業として実施を予定していた観光船事業に疑問を表明するとともに、シコロサンゴの破損者について言及していることをとらえ、原告が問題の本質をすりかえ、一方的に差別的な見解を述べている旨指摘してあることが認められる。

しかしながら、前記認定の観光船問題の経緯、本件文書の記載に徴すれば、原告がこのように具体的な同和対策事業に批判的な見解を広く配布することの当否、シロコサンゴ破損に関する記載が真実であるかどうか(これは、(4)の記事について検討する。)の問題はさておき、本件文書中のこれらの記載が竜串部落に対する部落差別であるとは解されない。なお、被告は、本件文書は、原告の営業権を横取りし、シコロサンゴを破損するのは竜串部落民であること及びこれらの住民が自営観光船を営業することは足摺観光のイメージダウンになるとの趣旨を表現したもので、竜串部落民に対する予断、偏見を助長する差別文書である旨主張する。なるほど、こうした同和対策事業等に対する批判文書は、その内容、形式のいかんによつては、批判の域を越えて被差別部落住民への差別意識を助長することにもなりかねない場合もあり、右批判文書の作成、配布に当つては慎重な配慮が必要であることはいうまでもないが、本件文書の記載を被告主張のように解釈することは困難である。更に、被告は、前記認定のように、原告に対し事前に本件文書発行の真意、記載された文言に対する意見及び記載された事実の真偽を聴取するなどの努力を怠り、いわば一方当事者の言い分及び同和行政推進協議会の結論のみに依拠して(1)の記事を作成したものである。

よつて、(1)の記事は真実でなく、被告においてこれが真実であると信ずるについて相当な理由があつたともいえない。

(2)  (2)の記事について

前記甲第一号証によれば、(2)の記事は、原告が四一年協定に違反し、漁業協力金の支払額を少なくするために団体客数を横流ししたことが昭和五一年五月に発覚し、これによつて竜串部落及び三崎漁協と原告との相互信頼のきずなが切られ、その後の交渉に大きな障害となつた旨記載されていることが認められる。

しかしながら、前記認定によれば、四一年協定の文言は必ずしも明らかではないものの、漁業協力金支払いの対象となる観光客は、団体であるかどうかを問わず、現金払いのものであつて、周遊券、クーポン払いのものは含まれないと解すべきところ、送客票はクーポンに代るものであり、その料金の決済もクーポン払いと同視すべきものであるから、これにつき漁業協力金を支払う必要はなく、送客票による決済を団体客数の横流しとみることはできない。また、こうした金銭にかかわる協定違反の有無という事項は企業の信用にもかかわるものだけに、地方公共団体が広報に掲載する記事を作成する際には、少なくとも、当事者双方、とりわけ、問題があるとされた側から事情を聴取し、これに基づいて内部で十分に検討を加えるなど慎重な配慮をしたうえで事実を確定すべきであるにもかかわらず、被告は、前記認定のとおり、原告に対する事情聴取を全く行わず、いわば一方当事者の言い分及び自ら立会しながら虚偽の内容を記載した文書(乙第七号証の二)などに依拠して原告につき団体客数の横流しがあつたと断定し、(2)の記事を作成したものである。

よつて、(2)の記事は真実ではなく、被告においてこれが真実であると信ずるについて相当な理由があつたともいえない。

(3) (3)の記事について

前記甲第一号証によれば、(3)の記事は、昭和五三年二月に五二年協定の改訂作業が行われた際、原告が竜串部落の自営観光船に関する本件覚書の確認、具体化に応じなかつたため、本件覚書はほごにされ、これによつて地元の不信がつのつた旨指摘していることが認められる。

ところで、前記認定によれば、竜串部落の自営観光船計画は、昭和五〇年以降具体化し、原告は、遅くとも本件覚書締結時には、右自営観光船が竜串、見残し又は弁天島海域を航行するもので、その航路の少なくとも一部は原告の航路と競合することを認識しつつ、同覚書を締結したものと認められる。なお、原告は、本件覚書締結に至る過程で、原告と競合する航路は同和対策事業の観光船であつても了承できない旨言明し、三崎漁協及び竜串部落もこれを了解していたから、原告が本件覚書の確認と具体化に応じなかつたからといつて、原告に責められるべき点はない旨主張し、前記乙第五号証及び原告代表者本人尋問の結果中には右主張に沿う記載部分及び供述部分があるけれども、これらは前記認定に照らし措信できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。このように、原告は、本件覚書を締結した以上、当該自営観光船の航路が完全に原告と競合する場合までこれを受忍しなければならないかどうかは別として、地元から要望があつた場合には、本件覚書の趣旨を尊重し、可能な限り話し合いを尽すべきであつたといわなければならない。ところが、前述のとおり、原告は、竜串部落から本件覚書の確認と具体化を求められるや、自社と競合する観光船事業には同意できず、話し合いにも応じられないとの立場を表明したものであり、こうした原告の姿勢は、従来からの経緯及び企業としての原告の立場を最大限考慮しても、なお独善のそしりを免れ得ず、原告の側で一方的に協定を破棄したと評価されてもやむを得ない面があり、更に、このことが竜串部落等に不信感を与えたとみることも一応首肯できる。

よつて、(3)の記事は、虚偽であるとはいえない。

(4) (4)の記事について

前記甲第一号証によれば、(4)の記事は、原告が海中公園内のシコロサンゴを破損しておきながらこれを放置し、これが発見されると、他の者が破損したかのように主張し、本件文書を発行するなど、自らの責任を転嫁するものとも思える態度を取つていること、こうした原告の態度がこのうえもない悪質で作為的な企業態度といわざるを得ないこと及び原告がその後三崎漁協を相手方とする仮処分決定を得、観光船の運航を続けていることをそれぞれ指摘していることが認められる。

前記認定によれば、シコロサンゴは原告の観光船及びその後右破損状況を確認するための保存会の巡視船によつて破損されたが、いずれも操船ミスによるもので、故意ではなく、また、右保存会の船による破損がシコロサンゴの破損部を大きく見せるためにされたものでないことも明らかである。ところが、前記乙第五号証によれば、本件文書は、この点につき「何者かが破損部を大きく見せるために故意に傷付けたものとも思われます。」と記載していることが認められる。これは、「とも」という語を用い、文意を緩和していることを考慮に入れても前記認定事実に徴し、著しく穏当を欠き、事実に反する表現である。

なお、原告は、この記載は、原告が他人による破損の結果についても責任を追及される事態を避けるためにしたもので、しかも、破損した者を証拠に基づいて特定できなかつたために「何者かが」と表現したに過ぎないから、何ら責められるべき点はない旨主張するが、前記認定のとおり、原告は、本件文書発行当時にはシコロサンゴを破損したのが保存会の巡視船であることを知つていたのであり、更に、<証拠>によれば、原告は、新たなシコロサンゴの破損は過失にしては範囲が大きすぎるとして、本件文書発行に当つてはあえて「故意に破損したとも思われます。」との表現を取つたこと及び原告は、その後海上保安署からも、もし犯罪捜査を要求する趣旨でないならば、右記載を削除してほしいとの要望を受け、海上保安署との関係では同部分を削除したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。結局、原告は、シコロサンゴの二度目の破損が故意に行われたものでないことを知りながら、本件文書では、あえて故意によるとも取れる表現をしたと認めるのが相当であるから、原告の前記主張は採用できない。また、自ら最初にシコロサンゴを破損しながら、他から指摘を受けるまでは、破損の事実を申告せず、他にも破損した者がいることが判明するや、前記認定のとおり、直ちに諸機関に調査を依頼し、本件文書でもこれを批判するという原告の姿勢は、仮に、原告の主張するとおり、他人の責任についてまで追及されたくないとの心情から出たものであつてもなお、責任を他人に転嫁しようとしているのではないかと評価されてもやむを得ない。更に、原告は、本件文書では「破損したとも思われます。」と記載したにもかかわらず、被告が、(4)の記事では事実をゆがめて「破損したと思われます。」と引用し、ことさら原告を中傷しようとしている旨主張し、前記認定によれば、そのような引用の違いがあることが認められる。しかしながら、本件全証拠によつても被告が原告主張のような意図のもとにことさら引用部分の記載を変えたと認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

また、(4)の記事中原告が仮処分決定を得て観光船の運航を続行しているという摘示は、前記認定のとおり真実であり、文中の「抜き打ち的に」との表現も直ちに穏当を欠くとはいえない。

よつて、(4)の記事は、その表現につきやや穏当を欠く部分もないわけではないが、虚偽の内容であるとまではいえない。

(5) (5)の記事について

前記甲第一号証によれば、(5)の記事は、仮に原告が観光船の運航は国から免許された事業であるから、他の権益に優先すると考えているとしたら、それは大きな誤りである旨指摘していることが認められる。

原告は、こうした見解は、原告のこれまでの地元との対応の経緯からみれば、成り立ち得ない仮定論である旨主張するが、前記認定のとおり、原告は、五二年協定失効後被告等から示された調停案が国から受けた航路許可に制限を加えるものであるとして、これを拒否しており、また、前記乙第五号証によれば、本件文書もこの点について言及していることが認められ、これらに徴すれば、被告が、原告は(5)の記事で指摘した考えを有している可能性もあるとして、仮定的に意見を表明したことは、全く根拠のないことではない(同記事があくまでも仮定論であることは、原告も認めるところである。)。

よつて、(5)の記事は、真実に反するものとはいえない。

(6)  (6)の記事について

前記甲第一号証によれば、(6)の記事は、原告が同和対策事業の本質、目的をみきわめずに本件文書を発行したことは、私企業独善の誤つた考え方に基づくものである旨指摘していることが認められる。

しかしながら、地方公共団体の行う同和対策事業を批判した文書が直ちに差別文書であるとはいえないことは前記のとおりであるから、原告が本件文書を発行したことが誤つた考え方であるとはいえない。そして、本件文書中にも真実でない記事又は穏当を欠く記事も存し、これらについては批判の対象となりうるものがあることはともかくとして、これらの記事は差別文書とまではいえないこと及び被告は本件広報を発行するにつき、十分な調査をしていないことは、いずれも前述のとおりである。

よつて、(6)の記事は真実であると信ずるについて相当な理由があつたともいえない。

(四) このように、本件広報のうち、(1)、(2)及び(6)の各記事は、真実とはいえないというべきである。ところが、被告の企画課職員は、十分な調査をせずに同和行政推進協議会による草稿をそのまま掲載し、本件広報を発行したのであるから、右企画課職員に過失のあつたことは明らかである。

3  本件において、被告の企画課職員が本件広報を発行、配布した行為は、被告の公権力の行使に当る公務員の職務執行行為であると認められるから、被告は、前記認定のとおり、企画課職員の過失による本件広報の発行によつて原告の受けた後記損害につき、国家賠償法一条に基づきこれを賠償すべき義務を負う。

三損害

1  慰謝料

<証拠>によれば、被告は、本件広報発行後原告から再三にわたつて善処を求める申し出を受けながら、これに応じなかつたことが認められる。これに加え、本件広報中真実に反する部分の占める割合、本件広報が観光船問題における地方公共団体としての被告の見解を示したことで、土佐清水市民及び当時既に竜串漁港の利用をめぐり係争中であつた原告と三崎漁協との関係に少なからぬ影響を及ぼしたであろうと推認されること並びにその反面原告の側にも自己の権益を守るに急で、観光船問題につき、地元と積極的に協議しようという姿勢に欠けるところがあり、更に三崎漁協との係争中本件文書を発行することによつて、問題をかえつて紛糾させたきらいがないわけでもないこと等諸般の事情を考慮すれば、原告が蒙つた社会的信用、名誉の毀損に対する賠償額は五〇万円をもつてするのが相当である。

2  弁護士費用

原告が本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人に委任したことは当事者間に争いがないが、本件事案の難易、審理の経過、認容額等を考慮すれば、右に要した弁護士費用中被告の加害行為と相当因果関係のある損害は一〇万円が相当である。

3  謝罪広告

原告は、損害賠償の請求に合わせて謝罪広告の掲載を求めているが、右1認定の諸般の事情のほか、<証拠>によれば、原告は昭和五三年一二月一五日付けで「再び『竜串観光船問題』の正しい解決のために」と題する文書(乙第六号証)を発行し、その中で自己の立場を再説するとともに、本件広報に対する批判をしていることが認められること並びに本件広報発行後既に七年以上経過していることなどに徴すれば、原告に対する名誉回復の措置は、前記六〇万円の支払をもつて足り、それに付加してなお謝罪広告の掲載を命ずる必要はないものというべきである。

四結論

よつて、本訴請求は、原告において被告に対し、金六〇万円及び内弁護士費用を除く金五〇万円に対する不法行為の後である昭和五三年一〇月一六日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官前田博之 裁判官田中 敦)

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